世界で獣医は考えた

"One Health"の実現のため国際保健の道を歩む獣医師の日々

One Health One World

No one left behind


上司の異動と方向転換

今週頭に大学院の後輩たちの修士論文発表会があり,今日はその打ち上げに行ってきます。自分の修士論文発表会からもう1年がたったのかと思うと,感慨深いのと共に時間のたつ早さに恐れおののいています。


 後輩の子たちはこれから3月末の卒業式まで完全フリー。学年の5~8割が外国人,残りもほとんどが外国で教育を受けた日本人なので卒業後は大部分が日本から飛び立っていきます。言語バリアが無い事をうらやましく思いつつも,私も早く外国で働けるよう,今は与えられたポジションで責務を果たしたいと思います。


 昨日(2018/2/1)に書いたこれまでにあったことを書いていこうと思います。

今日は上司の異動と方向転換。


昨年の夏場に入省してからお世話になっていた上司(課長級)が異動し,新しい上司が来ました。彼は異動元の時から私の所属先とやりとりをしていたこともあり,また保健のバックグラウンドを持つ人でもあることから異動当初からバリバリに働く人でした。印象的なのは,「国際保健」について前の上司とまったく考え方も,仕事方針も違うという所でした。

前の上司はとても国家公務員的(或いは私の働いている省庁特有の?)な「積極的受け身(actively passive)」の人でした。現時点で抱え込まなくても良いような案件は積極的に受け持たないように裁きましょう,というスタンスです。

 他方,今の上司はまさに「積極的能動(actively active)」の人で拾い上げられる案件は何でも積極的に拾っていこう,というスタンスです。そのため,私が受け持っている栄養案件についても積極的に取り上げられる機会が目に見えて増加しました。

栄養はもともと外部の人間に任せるような案件だったので,どちらかと言えばそこまで重要視されていなかったのですが,彼が来たことで一転主要案件の1つとなってしまいました。もともと許されている残業時間が40時間/月しかない中(言い換えればQOLが確保されたすばらしい環境),彼が異動してきてから目に見えて残業時間消化量が増えました。増えすぎて不可抗力にも拘わらず人事予算を司る庶務班長に嫌われるくらい増えました。統計的にも有意です(笑)。

組織はトップが変われば雰囲気が変わるといいますが,ここまで180度変わる例も珍しいのではと個人的には思っています。そのため,必然的に業務は忙しくなりましたが,そのおかげでいろいろな経験をさせてもらえる機会も増えたと思います。特に今の室長はことあるごとに,官公庁における物事の見方,考え方についてその都度指導してくれます。それまでは正直,私の立場は雑件にとりあえず対応する外部のお手伝いさん位の立ち位置だったのですが,新しい室長は構成員の一人として,教育・指導もしてくれているのだと感じます。

正直に言えば,新室長に対しては余計な仕事を増やしやがって,と思う瞬間もなきにしもあらずですが,その反面とてもフランクでにこやかに接してくれる彼への信頼感があるのも確かです。


計らずして受け持っている案件がちょっとだけ主要な案件になってしまいましたが,このチャンスを活かして自分の養分にしていきたいと思います。

 

 

 

time flies

気づいたら最後の記事から半年以上経過してました。

慣れない仕事で手一杯になっていて正直、ブログまで手が回りませんでした…。

 

とりあえずこの何もなかった期間にあったことを箇条書きにしたいと思います。

 

1 .上司の異動と方向性の大転換

2.NGOとアドボカシーと私

3.初めての出張(イタリア編)

4.初めての出張(アフリカ編)

5.修士論文と投稿

6.外国要人とイベント運営

7.契約延長を(しない方向で)真剣に考える

 

とにかくあっという間に終わっていった日々でした。

また個々の詳細はまたぼちぼち書いていきます。

よかったこと

 今の職場(中央省庁)に就職が決まったとき、お世話になった高校から大学院までの先生方に報告をしに行ったらそろって、あなたは公務員って柄じゃないから・・・、と心配された私ですが、実際に働いてみて三か月、やっぱり自分は公務員という柄ではないなぁと改めて実感しながら働いています。

 

 さて、そんな中でもやっぱりここで働けてよかったなぁとつくづく思うことがあります。それは情報へのアクセサビリティの良さです。もちろん、3月までいた東京大学も十分アクセサビリティはよかったです。でも今の職場での良さと比較すると方向性が違いました。

 東大の良さはあくまでも自分から情報を取得しに行った時のアクセサビリティの良さ、つまり学内ネットを利用することで読める学術論文の多さ(学校が複数の有料学術雑誌と年間契約を行っているため大抵が読める)ですとか、専門書の蔵書量とか、そういう利便性がものすごく高かったです。対して、現在の職場だと読める論文の数も限定されていますし、保健関係の専門書とかもほとんど無いような環境なのですが、何がすごいって、情報が外から勝手に入ってくるところがすごいのです。しかもその情報が最新の物であることはもちろん、国内の特定の人たちとしか共有されなかったりすることもざらなのです。

 先日には某国際機関で働く日本人職員(Dレベル)の講演会が職場で開かれました。これもやはり招待された人しか参加ができなかった物だったのですが、職員は事前に申し込みをすれば誰でも参加ができたので思わず参加をしてきました。3か月前だったら招待どころか、こうした講演会の開催自体知らずに日々を過ごしていたと思うので、つくづく今の私は恵まれていると思いました。

 Opportunity という便利な英単語があります。直訳すると”機会”と言う意味ですが、あまり日本語で機会という言葉を使わないように思います(使ったとしても「機会があればまた~」のような定型文)。しかし英語では皆さんもご存じのとおり、There are lot of opporunities in a big cityなどと言ってしばしば使います。この一文も簡単に日本語に訳せますがなかなかニュアンスを伝えるのが難しいと私は前々から思っていました。ですが今の職場に対する私個人の思いはこの言葉を使ったI luckly have so many opportunities at my work.に凝縮されていると思います。

最新情報をいち早く知る「機会」、想像もつかないような人と出会える「機会」、国際保健に関係する実務を積める「機会」

 これらの機会は他のところでは経験ができなかった機会だと思います。私は大学院を卒業して働くということに関して何も知らない状態で今の職場に来ました。そんな中でこうした様々な機会に触れさせてもらえたことは何事にも代えがたい経験になったと思います。早くて来年、遅くとも2019年には契約の都合上、私は去らなければなりません。しかし、それまでに経験させてもらえた様々な機会は次のキャリアステージでも大いに役立つはずです。このことを胸にとどめてこれからも頑張っていきたいと思います。

さよならまたこんど

私は現在、いわゆる中央省庁と呼ばれるところで国際保健に関係するポストについています。東大院から中央省庁という流れなので、はじめましての人にはとんでもないエリートだと勘違いされがちですが、しょせんは非正規雇用(でもさすがというか、パッと見ものすごいような肩書きをもらっています笑)です、2年後には再び就活をしなければなりません。それでも、今後国際協力の現場でキャリアを形成していくことを考えるとこの政策に携われる2年は何事にも代えがたい2年であると思っています。

 

 ところで、この職場に来てすでに3か月ほどですが、やはり独特な世界であることもあってか、不思議だなぁと思う習慣も数多くあります。聞くと、私が働いている所は他の省庁と比べても独自の習慣が多いとか、多くないとか。その一つが、不定期な異動です。

 公務員や銀行員は大体2~3年に一回異動をすることはすでに知られていることかと思いますが、大抵は4~5月が異動シーズンで、それ以外の月に異動があることはまれかとおもわれます。しかし、私のいる省では比較的年中異動があるのが普通です。先日も、私の面接をしてくださった恩人ともいえるような上司が他の部署へ異動していきました。

 私なんかは異動を知ってしんみりとしてしまったのですが、同僚の方々は淡々と受け止めていて、ある種の異動慣れのようなものを感じることとなりました(上司のために言っておきますが、彼は省内では人格者で有名な方で、彼と働いたことがある職員は口をそろえていい人だから安心して働けると言う人です!)

 

思えば公務員からしてみたらこの頻度での異動は当たり前のことで、自分たちもいずれかは他に異動する身である、というドライな感情を抱えているのでしょう。昨日国際協力関係の仕事をしていた人が次の日は広報をやる、なんて鞍替えも当たり前なのかもしれません。

 いま私と同じ課で働いている、いわゆる正規職員の人たちも2年後には全員入れ替わっていると考えるととても不思議な気分です。私なんかは大変不器用な人間なので、そんな突然頭を切り替えられない自信があるのですが、やはり国家公務員は切り替えの早い、頭のいい人が多いんだろうなと感じた次第です。

 

この世界にきてはや3か月いま少しずつ慣れていっている所ですが、おそらくこの2年の間にすべてを理解することはできなんだろう、なんて思ったりしながら日々頑張っていきたいと思います。

 

国家資格のすゝめ

 国際保健に関わらず、国際協力の現場で働き続けることは難しい。その最たる理由の一つは日本における国際協力人材の雇用の受け口の狭さはみなさんすでにご存じのことかと思われます。

 

 私もこの就職先の少なさには苦労をした口です。一応修士をやっていたときはJICAを第一志望に就活っぽいものをしていましたがあえなく玉砕、笑(大抵の国際協力を志望する学生の通る道かと…)。修士研究のベースがインドネシアだったため、面接の結果が出てすぐにインドネシアに飛ばねばならずそこでいったん就活は終了。帰国するころには秋募集が始まっていましたが、今度は修士論文に振り回され気づいたころにはそれも終了。後がない状況に陥っていました。

 

 焦りがなかったというと言ったらウソになります。院の同窓の子が、就職先の懇親会に参加してきた、というような話を聞くたびに家に帰っては落ち込んでいました。が、その反面どこか余裕があったのも事実です。なぜなら、私には獣医師免許があったから。就職できなかったら動物病院でしばらく働いてから転職しようと思っていました。だからこそぎりぎりまで国際協力、国際保健関係の仕事を探せたといっても過言ではないかもしれません(そして今の職場に拾ってもらえたのですから、ありがたいものです)。

 

 個人的に獣医師として働くことは学部進学時にも考えていませんでした。それでも技術は身に着けておこうということでうちの犬のかかり付け医のところで長くアルバイトのようなものはさせてもらっていましたが、それで食っていこうとは一ミリたりとも思っていませんでした。が、個人的にこれをしておいて本当に良かったと思います。

 

 国際協力を志していた学生たちが現実を知ってすべてを諦めてしまうのはこの就活という儀式があるからだと個人的には思っています。まずそもそも国際協力がメインできる仕事が少ない。日本ではJICAか日本財団のような一般財団法人、そして国際NGONPOが主なプラットフォームになるかと思いますが、まずJICAは競争率が高い。日本中の国際協力をやりたい人たちが応募をするんですから、一筋縄ではいかない。ちなみに、私の院時代の同級生(他の研究科)はこのスーパー競争率を勝ち抜いていましたが、ふたを開けてみたら彼のお父上はJICAご勤務だったようで・・・(いやね、とはいってもかれはものすごく就活頑張っていたので、それが理由とは言いませんよ、えぇ言いませんとも笑)。これは一般財団法人も一緒。NGONPOに至ってはそもそも新卒にほとんど機会が与えられていないといっても過言ではない。特に日本ではこうしたNGONPOは運営がカツカツであることが多いので、正直新卒を一から育てる余裕はないんです。だから必然的に3年以上の職務経験を応募条件にしているところが多い、そして、同じような理由で給料が低い。私の知っているとても優秀な博士課程の学生さんは、新卒でNGOで働いていたとき初任給は4万円だったと笑っていました(その時就活を始めるころだった私は全く笑えなかった)。だってその人、その時点でヨーロッパで修士号を取得した、アメリカ育ちで三か国語を流暢に操るスーパーウーマンだったんですよ?

 日本は未だに新卒一括採用が主流ですから学生たちもこの新卒カードをやすやすと捨てられない。最初は直接国際協力に関われる場に、それが難しそうだと間接的に関われそうなところ(貿易とか市場開拓とかコンサルとか)、それも難しいと結局まったく違う分野に就職することになります。

 

 これを考えるとやはり日本で国際協力を志し続けるのは難しいことなんだとつくづく思います。

 

 繰り返しになりますが、私がこの就活の壁を越え国際保健に関わるポストにつくことができたのは、いざとなったら獣医師になればいい、という大きな保険があったからだと思います。だからこそぎりぎりまで分野を変更させることなく就活が続けられたのです。

 

 これから国際協力の道に進みたいという人がいるのであれば、私は何でもいいので国家資格を取得することを強く勧めます。まずはさっきも話した通り就活の保険になる。最悪就職先が見つからなくても働ける、という安心感や心強さは自分が就活をする番になるととても実感します。

 また国家資格を持っていればある程度専門性が有るとみなされるので、国際協力の場でキャリアを積んでいくうえでも有利になると思います。

てなわけでみんな、レッツ国家資格!

What motivates you?

私が国際協力や国際保健に興味を持つきっかけなったのはやはり幼少期のインドネシアでの居住経験が大きかったと思います。駐在員だった父について行ってちょうど0才から6才までをジャカルタインドネシアで過ごしていたため,私にとって,インドネシアの環境が当たり前でした。当時のインドネシアは,現在よりも国民の平均収入が低く物乞いも多かったですし,インドネシア人で車を所有している人は政府関係者や大企業役員など限られたお金持だった時代です。私の家には2人の住み込みのお手伝いさんがいましたが,彼女たちの月収は5000円ほどでした。かたや私は駐在員家族だったので,それはまぁ贅沢な暮らしをさせてもらっていたわけで,この6年間の経験のおかげで,この世の中には格差があるということを意識しないまま当たり前に受け入れていたと思います。

そんな環境から6才の時に日本に帰国して,その環境の違い,街中の清潔さとか効率的な社会システムとか,に衝撃を受けたわけです。そこで,この世界では一つの国の中にだけで無く,国家ごとにも格差があることを認識するようになりました。

 そんな違いにギャップを受けながら日本で生活を続けていく中で,特に“保健”に興味を持つきっかけになったのは,小学校三年生の時に学校からもらった保健便りでした。その月の保健便りには法定伝染病についての説明が書いてあり,具体例としていくつか感染症の名前が挙げられていました。そのうちの一つの感染症に私はインドネシアで感染した経験がありました。それも複数回。

 その感染症の名前は「赤痢」だったのですが,当時のインドネシア駐在員の子どもたちは皆,必ず一回は赤痢に感染するいわゆる「当たり前」な病気で,感染が判明しても決して大事にはなら(し)ない病気の一つでした。それが,日本に来ると完治するまで出席停止になるくらい大事になることを知ってその対応の違いがおもしろかったわけです。(ちなみに,今になって考えてみると,保健便りでmentionされていた赤痢は細菌性赤痢のことで,私がインドネシアで感染した赤痢は恐らくアメーバ赤痢だったので大きな勘違いがあったのですが笑)

 そんな経緯があって何となく,世界と日本と保健(感染症)への意識を持ったまま大きくなったのですが,ある日テレビで進藤奈邦子さんの密着ドキュメンタリーを見て大きな衝撃を受けました。進藤さんはWHOに勤務をしている日本人医師で,当時,鳥インフルエンザの封じ込めプロジェクトに関わっていたのを日本のテレビ番組が密着していました。国境をまたいで広がっていく感染症を食い止めるために尽力する彼女の姿に当時の私は大きなあこがれを抱いたのです。そのときから,感染症は世界が抱える問題で,世界各国の関係者たちが手を取り合って解決しなければならない問題であるということを明確に認識するようになりました。そして,日本人でも,その上女性でもその最前線で働けるという事実を受けて,これまでに私の中で蓄積され続けたそれぞれ関連していなかった意識が一気につながりました。途上国では高所得者低所得者であれば後者の方が健康問題を抱えやすい,先進国と途上国では社会システムが脆弱な分後者の国々の方が被害は甚大になる,ならば,富める側の者として,先進国出身者として,私にできることを国際社会で行っていきたい。そうして私は国際保健の道を歩むことになりました。

 当時はまだ「国際保健」という言葉を知りませんでした。ただ,感染症の封じ込めを地球規模で行うようなポジションで働きたいという思いだけを抱いて,その後の進路を決定してくのでした。

One Health

One Healthは比較的新しい概念で、ここ数年で欧米を中心に浸透してきました。

日本でも今年1月に九州で世界獣医師会による”One Health”に関する国際学会が開催されました。これをきっかけに日本獣医師会の間でもやっとOne Healthという学問領域が存在しているということが認識されるようになったと思います。

私の現在の職場ではこの”One Health”の言葉は主に薬剤耐性対策関係の案件で多用されています。一応、感染症アウトブレイクなどによる国際的な公衆衛生危機対応関係の案件でもこの”One Health”という言葉が使用されることがありますが、残念なことに薬剤耐性の案件ほど大きくは取り上げられません。

さて、ここまでで"One Health"が具体的に何を指しているのか想像がつく人はいますでしょうか。

アメリカの獣医師会は2011年に"One Health"を以下のように定義しました。

"the collaborative effort of multiple disciplines — working locally, nationally, and globally — to attain optimal health for people, animals and the environment"

「One Healthとは複数の学問領域が共同で、人、動物、そして環境の良好な(健康)状態を得るための観点国際的、国家的、地域的取組のこと」

つまり人の健康はもちろん、動物の健康も向上させ、環境も良好な状態にするために包括的に多くの関係者たちが取り組んでいく必要がある、との理念のもとに作られた言葉です。

なぜこのような概念が生じたのでしょうか。なぜ人の健康だけに着目していてはいけないのでしょうか。これは私たちの社会が動物や環境と深くつながっているからです。

前提として、この世界に存在する人に感染する感染症のうち6から7割は動物にも感染します。人獣共通感染症(zoonoses)と呼ばれるこれらの感染症はつねに人と動物の間を行き来しているのです。ちなみに身近な人獣共通感染症を挙げると、インフルエンザやサルモネラ、ノロなどがあります。(一応、食中毒だけではないですよ笑)

先進国ではペットを飼育している家庭が多いですよね。意外とペットが感染源となっている感染症は多いのです。途上国では一般家庭が食糧や副収入として家畜動物を飼育していることが多く、この世話の過程で人に感染症が広がる例はこれまでに多くありました(鳥インフルエンザなど)。付け加えれば動物は人の食の安全にも直接的に関係しています。鮮度の悪い卵は食中毒の原因になることは知られていますし、生の肉を食べると寄生虫感染症にかかる可能性が高くなります。もちろんこれには食品流通システムも関係していますが、そもそも食品の大本となる動物たちが健康でなければ、どんなに完璧な流通システムをもってしてもこうした感染症はふせげないですよね。だから動物の健康は人の健康を実現するためにも必要なのです。

 

では環境は。

想像してみてください。ものすごく喉が渇いているのに、目の前にあるのは汚い泥水。近所には化学薬品工場があり、もしかしたらそこの排水が含まれているかもしれません。泥にはもしかしたら野良犬のふんが混ざっているかもしれません。でも他に飲めるものがないのなら、それを飲むしかなくなります。衛生的な水にアクセスできずにこうした水を飲んで健康を害している人たちは実在します。日本でも、環境悪化によって生じた有名な健康被害がありましたね、水俣病イタイイタイ病、空気では四日市ぜんそくなどです。社会科の授業で勉強したと思います。人や動物が生きていくうえで水や土、空気には依存せざる負えません。それらが汚染されていたら私たちは健康な上体ではいられないのです。

 

つまり人の健康は、人を取り巻くありとあらゆる生き物や環境によって大きく左右されるのです。人を健康にしようと働いても、その周りに病気の原因があり続ける限り持続可能な健康を達成することはできないのです。

 

"One Health"はこうした問題認識のもと作られたコンセプトです。そして私の研究テーマでもあります。このコンセプトの素晴らしいところは、分野横断的な取組を推奨している所です。これまでどこの国も縦割りのシステムを構築してきました。これは社会ステムだけでなく、大学や研究機関でも同じでした。似たようなことに取り組んでいるのにもかかわらず、所属が違うだけでお互い何をやっているのか全く分からない、ということが(正直今でもまだ)当たり前なのです。"One Health"の定義はこれをナチュラルに否定して、枠組みや分野を超えた取組を推奨しています。私は初めてこのコンセプトを知ったときは、これは今後の研究領域の区分の仕方にに一石を投じるものになると感じました。

今、様々な分野で分野横断的取組の重要性が認識され始めてきました。私はこの潮流は”One Health”が大本であると思っています。

正直、"One Health"はまだ始まったばかりのコンセプトで、日本よりも浸透しているといわれている欧米でもその扱い方にはだいぶ差があります。(ちなみに日本においては獣医学科の教授は鼻で笑って無視するレベルです)。この未熟さは、言い返せば、今後の可能性の広さを示すものであるとも思っています。

 

国内における"One Health"のパイオニアとなれるように、今後も精力的に取り組んでいきたいと思います!