世界で獣医は考えた

"One Health"の実現のため国際保健の道を歩む獣医師の日々

One Health One World

No one left behind


One Health

One Healthは比較的新しい概念で、ここ数年で欧米を中心に浸透してきました。

日本でも今年1月に九州で世界獣医師会による”One Health”に関する国際学会が開催されました。これをきっかけに日本獣医師会の間でもやっとOne Healthという学問領域が存在しているということが認識されるようになったと思います。

私の現在の職場ではこの”One Health”の言葉は主に薬剤耐性対策関係の案件で多用されています。一応、感染症アウトブレイクなどによる国際的な公衆衛生危機対応関係の案件でもこの”One Health”という言葉が使用されることがありますが、残念なことに薬剤耐性の案件ほど大きくは取り上げられません。

さて、ここまでで"One Health"が具体的に何を指しているのか想像がつく人はいますでしょうか。

アメリカの獣医師会は2011年に"One Health"を以下のように定義しました。

"the collaborative effort of multiple disciplines — working locally, nationally, and globally — to attain optimal health for people, animals and the environment"

「One Healthとは複数の学問領域が共同で、人、動物、そして環境の良好な(健康)状態を得るための観点国際的、国家的、地域的取組のこと」

つまり人の健康はもちろん、動物の健康も向上させ、環境も良好な状態にするために包括的に多くの関係者たちが取り組んでいく必要がある、との理念のもとに作られた言葉です。

なぜこのような概念が生じたのでしょうか。なぜ人の健康だけに着目していてはいけないのでしょうか。これは私たちの社会が動物や環境と深くつながっているからです。

前提として、この世界に存在する人に感染する感染症のうち6から7割は動物にも感染します。人獣共通感染症(zoonoses)と呼ばれるこれらの感染症はつねに人と動物の間を行き来しているのです。ちなみに身近な人獣共通感染症を挙げると、インフルエンザやサルモネラ、ノロなどがあります。(一応、食中毒だけではないですよ笑)

先進国ではペットを飼育している家庭が多いですよね。意外とペットが感染源となっている感染症は多いのです。途上国では一般家庭が食糧や副収入として家畜動物を飼育していることが多く、この世話の過程で人に感染症が広がる例はこれまでに多くありました(鳥インフルエンザなど)。付け加えれば動物は人の食の安全にも直接的に関係しています。鮮度の悪い卵は食中毒の原因になることは知られていますし、生の肉を食べると寄生虫感染症にかかる可能性が高くなります。もちろんこれには食品流通システムも関係していますが、そもそも食品の大本となる動物たちが健康でなければ、どんなに完璧な流通システムをもってしてもこうした感染症はふせげないですよね。だから動物の健康は人の健康を実現するためにも必要なのです。

 

では環境は。

想像してみてください。ものすごく喉が渇いているのに、目の前にあるのは汚い泥水。近所には化学薬品工場があり、もしかしたらそこの排水が含まれているかもしれません。泥にはもしかしたら野良犬のふんが混ざっているかもしれません。でも他に飲めるものがないのなら、それを飲むしかなくなります。衛生的な水にアクセスできずにこうした水を飲んで健康を害している人たちは実在します。日本でも、環境悪化によって生じた有名な健康被害がありましたね、水俣病イタイイタイ病、空気では四日市ぜんそくなどです。社会科の授業で勉強したと思います。人や動物が生きていくうえで水や土、空気には依存せざる負えません。それらが汚染されていたら私たちは健康な上体ではいられないのです。

 

つまり人の健康は、人を取り巻くありとあらゆる生き物や環境によって大きく左右されるのです。人を健康にしようと働いても、その周りに病気の原因があり続ける限り持続可能な健康を達成することはできないのです。

 

"One Health"はこうした問題認識のもと作られたコンセプトです。そして私の研究テーマでもあります。このコンセプトの素晴らしいところは、分野横断的な取組を推奨している所です。これまでどこの国も縦割りのシステムを構築してきました。これは社会ステムだけでなく、大学や研究機関でも同じでした。似たようなことに取り組んでいるのにもかかわらず、所属が違うだけでお互い何をやっているのか全く分からない、ということが(正直今でもまだ)当たり前なのです。"One Health"の定義はこれをナチュラルに否定して、枠組みや分野を超えた取組を推奨しています。私は初めてこのコンセプトを知ったときは、これは今後の研究領域の区分の仕方にに一石を投じるものになると感じました。

今、様々な分野で分野横断的取組の重要性が認識され始めてきました。私はこの潮流は”One Health”が大本であると思っています。

正直、"One Health"はまだ始まったばかりのコンセプトで、日本よりも浸透しているといわれている欧米でもその扱い方にはだいぶ差があります。(ちなみに日本においては獣医学科の教授は鼻で笑って無視するレベルです)。この未熟さは、言い返せば、今後の可能性の広さを示すものであるとも思っています。

 

国内における"One Health"のパイオニアとなれるように、今後も精力的に取り組んでいきたいと思います!