世界で獣医は考えた

"One Health"の実現のため国際保健の道を歩む獣医師の日々

One Health One World

No one left behind


What motivates you?

私が国際協力や国際保健に興味を持つきっかけなったのはやはり幼少期のインドネシアでの居住経験が大きかったと思います。駐在員だった父について行ってちょうど0才から6才までをジャカルタインドネシアで過ごしていたため,私にとって,インドネシアの環境が当たり前でした。当時のインドネシアは,現在よりも国民の平均収入が低く物乞いも多かったですし,インドネシア人で車を所有している人は政府関係者や大企業役員など限られたお金持だった時代です。私の家には2人の住み込みのお手伝いさんがいましたが,彼女たちの月収は5000円ほどでした。かたや私は駐在員家族だったので,それはまぁ贅沢な暮らしをさせてもらっていたわけで,この6年間の経験のおかげで,この世の中には格差があるということを意識しないまま当たり前に受け入れていたと思います。

そんな環境から6才の時に日本に帰国して,その環境の違い,街中の清潔さとか効率的な社会システムとか,に衝撃を受けたわけです。そこで,この世界では一つの国の中にだけで無く,国家ごとにも格差があることを認識するようになりました。

 そんな違いにギャップを受けながら日本で生活を続けていく中で,特に“保健”に興味を持つきっかけになったのは,小学校三年生の時に学校からもらった保健便りでした。その月の保健便りには法定伝染病についての説明が書いてあり,具体例としていくつか感染症の名前が挙げられていました。そのうちの一つの感染症に私はインドネシアで感染した経験がありました。それも複数回。

 その感染症の名前は「赤痢」だったのですが,当時のインドネシア駐在員の子どもたちは皆,必ず一回は赤痢に感染するいわゆる「当たり前」な病気で,感染が判明しても決して大事にはなら(し)ない病気の一つでした。それが,日本に来ると完治するまで出席停止になるくらい大事になることを知ってその対応の違いがおもしろかったわけです。(ちなみに,今になって考えてみると,保健便りでmentionされていた赤痢は細菌性赤痢のことで,私がインドネシアで感染した赤痢は恐らくアメーバ赤痢だったので大きな勘違いがあったのですが笑)

 そんな経緯があって何となく,世界と日本と保健(感染症)への意識を持ったまま大きくなったのですが,ある日テレビで進藤奈邦子さんの密着ドキュメンタリーを見て大きな衝撃を受けました。進藤さんはWHOに勤務をしている日本人医師で,当時,鳥インフルエンザの封じ込めプロジェクトに関わっていたのを日本のテレビ番組が密着していました。国境をまたいで広がっていく感染症を食い止めるために尽力する彼女の姿に当時の私は大きなあこがれを抱いたのです。そのときから,感染症は世界が抱える問題で,世界各国の関係者たちが手を取り合って解決しなければならない問題であるということを明確に認識するようになりました。そして,日本人でも,その上女性でもその最前線で働けるという事実を受けて,これまでに私の中で蓄積され続けたそれぞれ関連していなかった意識が一気につながりました。途上国では高所得者低所得者であれば後者の方が健康問題を抱えやすい,先進国と途上国では社会システムが脆弱な分後者の国々の方が被害は甚大になる,ならば,富める側の者として,先進国出身者として,私にできることを国際社会で行っていきたい。そうして私は国際保健の道を歩むことになりました。

 当時はまだ「国際保健」という言葉を知りませんでした。ただ,感染症の封じ込めを地球規模で行うようなポジションで働きたいという思いだけを抱いて,その後の進路を決定してくのでした。